大阪地方裁判所 昭和37年(行)39号 判決 1965年9月28日
大阪市城東区鴫野東四丁目三番地の一
原告
宇杉正男
同市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
近藤道生
右指定代理人
吉田周一
同
風見源吉郎
同
斎藤義勝
同
草野功一
同
叶和夫
右当事者間の所得金額決定取消請求事件について、当裁判所は左のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一、(当事者双方の申立)
原告は、「被告が昭和三七年五月二三日付でなした、原告の昭和三五年分所得税につき訴外城東税務署長のした所得金額を八五万一三八四円とする決定処分を維持した審査決定中、金五八万円をこえる部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文同旨の判決を求めた。
二、(原告の請求原因)
(一)、原告は、肩書住居地において「丹倉」なる屋号で大衆酒場を営んでいるものであるが、昭和三六年三月一五日、訴外城東税務署長に対し昭和三五年分の所得金額(以下本件所得金額という。)を金五八万円として確定申告したが、同署長は、同年五月二三日付で所得金額を九一万二〇〇〇円とする旨の更正決定をなし、同月二五日、その旨原告に通知した。これに対し原告は、同年六月二三日、同署長宛に再調査の請求をしたところ、同署長は、同年一〇月二日付で所得金額を八五万一三八四円とする旨の決定をなし、同月三日、その旨原告に通知した。原告は、さらに、同年一一月三日、被告に対し審査の請求をしたが、被告は、昭和三七年五月二三日付で原告の右審査の請求を棄却する旨の決定をしその旨原告に通知した。
(二)、しかしながら、原告の本件所得金額は前記確定申告のとおり五八万円であるから、これをこえた所得金額を是認した被告の審査決定は、その超過限度において違法であり、その取消を求めるため本訴請求に及んだ。
三、(被告の答弁および主張)
(一)、請求原因(一)の事実は認める。
(二)、本件審査決定は、次の理由によつて何ら違法な点はない。
すなわち、
原告は、いわゆる白色申告者であるが、本件所得金額計算の資料となる金銭出納帳、仕入帳および売上帳等の諸帳簿を備えつけておらず、また被告の調査に対しても、売上げ、仕入れおよび経費に関する原始記録はもちろん掛売りの控帳すら提出せず、協力的態度を示さなかつた。そこで被告はやむなく次のように本件所得金額を推計した。
(1) 仕入金額 三一六万四八九八円
原告が、訴外城東税務署長に対し、本件所得金額につき再調査請求をしたさい、その請求所得金額五八万円の計算の基礎として提出した収支計算書等の記載による。
(2) 販売原価 三一六万四八九八円
被告の調査によると、原告の店舗においては、期首期末とも業況に大きな変化はなく、たな卸高は期首期末とも同額とみられるから、販売原価は(1)、の仕入金額と同額となる。
(3) 売上金額 五三六万四二三三円
原告の店舗は、間口約二間、奥行約三間半の広さで、入口にのれんをたらし、内部に長さ約五メートルのL字カウンターを設けているほかテーブル三台を備え、これらに椅子とスタンドを配置したもので、日本酒等の酒類を主とし、これに関東煮、やき鳥等を加えて客に提供販売するもので、大阪国税局作成の「昭和三五年分商工庶業等所得標準率表」の「大衆酒場」の科目に該当する。その上、大阪市城東区においても比較的繁華街に属する鴫野四丁目の商店街にあり、バス通りに面するだけでなく、市バス「鴫野駅前」停留所の前に位置しており、国鉄片町線の鴫野駅にもきわめて近く大衆酒場の営業にとつては場所的に良好なものと考えられ、また従業員数も営業規模に照し適当であつて、他の一般の大衆酒場と異なる特段の事情もないので、前掲「所得標準率表」の大衆酒場の差益率四一%を前記(2)の販売原価に適用して、原告の係争年分の売上金額を算定した。(なお、ここに差益率とは、売上金額から販売原価を控除した差益金額の売上金額に対する割合をいう)
(算式) 3,164,898円÷(1-0.41)=564,233円
(4) 売上金額から販売原価および通常の経費を控除した金額 一六〇万九二六九円
大阪国税局作成の前掲「標準率表」の大衆酒場の所得率三〇%を(3)、の売上金額に乗じて算出した。(なお、ここに所得率とは、売上金額から販売原価および通常の経費を控除した額の売上金額に対する割合をいう。)
(算式) 5,364,233円×0.3=1,609,269円
なお、前掲「標準率表」は、大阪国税局が毎年管内税務署から各業種目について、右表の作成に必要な一定数の標本資料を普遍的に収集したうえ、これらの資料に数理統計学的処理を加え標準値を算出して作成したものであつて信頼し得る合理的なものである。従つて、納税義務者の営業に特段の事情のない限り、右「標準率表」の差益率および所得率を適用して、当該納税者の収入金額および所得金額を算定することはなんら不合理ではない。原告の営業に、右の特段の事情のないことは、売上金額算定の項でのべたとおりである。
(5) 特別経費 五五万二三五三円
(イ) 雇人費 五四万二〇〇〇円
(ロ) 地代 四〇四八円
(ニ) 遊興飲食税 六三〇五円
なお、右の雇人費には、給料と食事代を含み、従業員のクリーニング代、ゲタ修理代、風呂代は含まれていない。
また夜食代二万六六〇〇円およびボーナス三万円を支払つた事実は認められない。
(6) 所得金額 一〇五万六九一六円
(4)、の金額から(5)、の特別経費を控除したもの。
以上のとおりであつて、本件審査決定において被告の是認した原告の本件所得金額は、右の算出金額よりもさらに内輪に見積つたものであつてこれに何らの違法はなく、原告の本訴請求は理由がない。
四、(被告主張事実に対する原告の主張)
(一)、原告が、白色申告者であること、本件所得金額計算の資料となる被告主張のごとき各帳簿を備えつけていなかつたこと、は認めるが、かかる場合でも、被告は一方的に所得を推計すべきものではなく、具体的な調査をすべきである。
(二)、(1) 仕入金額が三一六万四八九八円であること。
(2) 期首期末のたな卸高が同額であること。
は認める。
(3) 原告の店舗が被告主張のような規模と営業であり、その主張の「大衆酒場」に該当することは認める。しかし場所的に良好であるという被告の主張は争う。
原告店舗はバス停留所の前にあつてかえつて場所的に悪く、また附近に同業者が三軒営業しており、その他にも酒屋が四軒あつて、立ち飲みもさせていた。従業員数が適当であつたことは認める。
結局、被告主張の売上金額は否認する。
(4) 被告主張の売上金額から販売原価および通常の経費を控除した金額は否認する。
(5) 被告主張の特別経費(イ)、(ロ)、(ハ)、はすべて認める。しかし右以外に、
クリーニング代 九一二〇円
ゲタ修理代 六八四〇円
風呂代 一万八二四〇円
夜食代 二万六六〇〇円
ボーナス 三万円
計 九万八〇〇円
を特別経費に含めるべきである。というのは、原告の営業にとつては、一般の酒屋と異り、従業員の着る白衣のクリーニング代、高ゲタの修理代、風呂代はその所得をえるための必要な経費であるし、夜食代、ボーナスも現に支出したものである。
五、証拠関係
原告は、原告本人尋問の結果を援用し、乙第一号証の一、二、同第三号証の一、二の成立は認める、乙第二、四号証の成立は不知である、とのべた。
被告指定代理人は、乙第一号証の一、二、同第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証を提出し、証人佐古田保の証言を援用した。
理由
一、原告は、肩書住居地において「丹倉」なる屋号で大衆酒場を営んでいるものであるが、昭和三六年三月一五日、訴外城東税務署長に対し昭和三五年分の所得金額を金五八万円として確定申告したところ、同署長および被告がそれぞれ原告主張のとおりの更正決定、再調査決定、および審査の決定をしたことはいずれも当事者間に争いがない。
二、そこで、被告の本件審査決定が適法か否かにつき判断する。
(一) 所得を推計することの適否
原告は、いわゆる白色申告者であるが、本件所得金額計算の資料となる金銭出納帳、仕入帳、売上帳等の被告主張の諸帳簿を備えつけていなかつたことは当事者間に争いがなく、また被告の調査に対して被告主張のとおり協力的態度を示さなかつたことを原告は明らかに争つていないから、これを自白したとみなされる。
所得金額の決定にあたつては、なるべく当該年度の実額をとらえることが望ましいが、課税処分は、一方において、大量にそして相当迅速に処理される必要があることは容易に理解されるから、前判示の事情の下においては、被告にさらに実額調査を求めることは法の要求しているところではなく、なんらかの方法で所得を推計することは、その方法ができる限り実額に近い数値が算出されるように考えられた合理的なものである限り是認される、といわなければならない。
(二) 本件所得推計の合理性
被告が、本件所得金額推計にあたり用いた大阪国税局作成の「昭和三五年分商工庶業等所得標準率表」は証人佐古田保の証言によれば、全国的に統一された方法で毎年作成されるもので、大阪国税局においては、三都市(大阪、京都、神戸)、中都市、郡部(人口五万未満)の三地域からそれぞれ三税務署を無作為に抽出し、各署において、指定営業種目(本件では、「大衆酒場」)を営む業者を、事業規模の大、小により三区分して各区分より三軒を無作為に抽出し、それらの業者について、人件費等の特別経費を除いて、所得金額に関する実額を算出し、かくして得られた資料を国税局においてまとめて統計学的処理を加えて整理しさらに、誤差を少なくするために標準偏差を考慮して差益率、所得率等の所得標準率を算出したことが認められる。右に反する証拠はない。
従つて、納税者の営業の場所、規模等に、右の標準率に考慮されている偏差を越える程度の偏差を生ぜしめる特段の事情がない限り、右の「標準率表」を適用して所得金額を推計することは、一応合現的な方法だと是認される。
本件において、原告の営業が、右の「標準率表」にいう「大衆酒場」に該当することは当事者間に争いがないから右の特段の事情の存否につき考えてみると、原告の営業は場所的に悪いか否かにつき争いがあるが、原告本人尋問の結果によつても、原告店舗は場所的にことさら良好といえぬとしてもまず普通程度のものと認められ、この程度の地域差は当然右の標準率に考慮されていると考えられるからここにいう特段の事情には該当しないといわなければならない。右認定に反する証拠はなく、また他に特段の事情をうかがわしめる証拠はない。
結局、本件所得の推計にあたり、被告が「標準率表」を適用したことは相当であるといわなければならない。
(三) 所得金額の算定
(1) 仕入金額が三一六万四八九八円であること、期首期末のたな卸高が同額であることは当事者間に争いがないから、販売原価は右の仕入金額と同額だと認められる。
(2) 証人佐古田保の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証によれば、大衆酒場の差益率、所得率は、それぞれ四一%、三〇%と認められるから、この数値を販売原価に適用して逆算すれば、被告主張のとおり、売上金額は五三六万四二三三円、売上金額から販売原価および通常経費を控除した金額は一六〇万九二六九円となる。
(3) 被告主張の特別経費(雇人費、地代、遊興飲食税)計五五万二三五三円は、当事者間に争いがない。
原告は、右以外に特別経費として、従業員の白衣のクリーニング代等計九万八〇〇円が含まれるべきだと主張するが、仮にこの主張をいれるとしても、本件所得金額は、左記算式(2)のとおり、九六万六一一六円となり、被告が本件審査決定において是認した所得金額八五万一三八四円を下廻ることはないから、右の点は本件審査決定の適法、違法に影響を及ぼさず、従つて右主張については判断を要しないことになる。
(算式) (1) 原告の右主張をいれなかつた場合の所得金額
1,609,269円-552,353円=1,056,916円
(2) 原告の右主張をいれた場合の所得金額
1,609,269円-(552,353円+90,800円)=966,116円
結局、本件所得金額は、右算式のとおり、少なくとも九六万六一一六円を下廻るものではないというべきであるから、これより内輪に、本件所得金額を八五万一三八四円と是認した本件審査決定は相当であつて違法な点はない。
三、よつて、被告の右決定を違法とする原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 平田孝 裁判官 石井一正)